「面倒くさい」で逃げ続けてきた結果が今の人生

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昨年。
同じ無職カテゴリーのブログを見ていて気付かされたことがあります。
それは、
「俺は面倒くさいことから逃げ続けてきた人生」
ということ。

俺が読んだブログの方。
何をやるにしても「面倒くさい」 「やる気がおきない」だのいってやらないんですね。
となれば、やらないから何も手に入れられないわけです。
もちろん、やらない分だけ楽ではあるのです。
そういう苦労は一切ない。
でも、その結果は何も得られない人生が続くだけです。

んで、まぁこれは至極当たり前の話じゃないですか。
しかしこれ、おそらく当人は無自覚なんですよね。
傍から見たら面倒くさいことから逃げ続けているから何も手に入れられなくて当然なのに、当人はその基本的な事が分かっていないというか。
全て「面倒くさい」の一言で片付けて逃げる。
後は今まで失敗してきた原因を自分ではなく、他人の所為にする。
その結果、俺のように中年になっても何も持っていない人間になるという・・・。

というか、それこそ誰かと付き合う、結婚するなんてのも、その面倒くさいことの代表格なんだと今さら気付きました。
街ゆく幸せそうな恋人や夫婦を見てはそねんでいたものですが(笑、よくよく考えたら人と向き合うというのは苦労の連続。
最初は気にならないことでも、付き合って行くにつれて相手のアラとかも見えてくるものですしね。
だから誰かと付き合うというのは、そういう面倒なことを乗り越えた上であるもの。
そこから逃げている俺が独り身であるのは当然です。

それと仕事なんかも面倒くさいことだらけ。
人間関係、仕事の内容、その他諸々。
役職に就いている友人たちを見てはときたまうらやましく思ったりすることもありますが、そういう役職についていれば、多くの逃れられない責任というのも伴うもの。
「面倒くさい」で挑戦せずに何も手に入れずにこの歳まで来た俺のような人間に、到底勤まるものではありません。
友人たちは俺と違ってそういう部分で逃げずに頑張ってきたから今があるのだと、今になるとしみじみよく分かります。

と、そんなわけで昨年そんな当たり前のことに気付きました。
自分と同じような生き方をしている人をみて、「あっ、そういうことか」と本当に思いましたね。
なので他人から見ると、このブログであれこれ愚痴っていても、
「何もやっていないんだから当たり前だろw」
と思われるだけなんだなぁと。

今後少しでも人生好転させるためには、人生における数多くの面倒くさいことを少しでもやっていくしかないのでしょう。
「面倒くさい」で逃げずに。
ただ、こういう生き方がすっかり染みついている俺。
すぐに変われるわけがないのは、皆さまご承知の通りです。
しかし残りの人生。
面倒くさいことの1つでもこなして、何かを手に入れていきたいと思います。

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