“死ぬことは人の中に生きること”という言葉の意味を理解した

父が亡くなってから半年。
日々の生活で中で感じたのは、想像以上の喪失感でした。

実家に戻ってきて7年。
一緒に暮らしていましたが、ほとんど会話をすることはありませんでした。
といっても、関係が悪かったとかではありません。
俺も父も、どちらかといえば1人で何かをやるのが好きなタイプ。
父は茶の間で映画鑑賞。
俺は自分の部屋でネットやゲームなど・・・。
そのため、毎日挨拶を交わす程度の関係でした。
2~3回は将来のことで呼び出され話し合いもしたりしましたが、この7年のほとんどは好き勝手に自由きままに暮らさせてもらっていました。

と、そんな父との関係だった俺。
それゆえ、父が亡くなっても心にとんでもない影響は出ないと考えていました。
むろん、とても悲しいことではあります。
ただ、そんなに毎日親しく接したわけでもないため、あまり亡くなっても実感がないというか、どことなく受け止められるように思っていたのですが・・・。
実際は父を失った事による大きな喪失感が襲ってきました。
父が亡くなった後、バイト中でも父のことを思い返しては1人で泣いてしまうぐらい悲しいのです。
これには自分でもビックリしましたし、この気持ちは2ヶ月ぐらい続きました。
なにかある度、父を思い返してしまうという・・・。

そして5ヶ月たったいま。
涙ぐむことはほぼ無くなりましたが、やはり父のことを思い返す日々は続いています。
生きているときには思い出すことなどほとんどなかった、小さいころからの父とのやりとりを思い出したり・・・。
「あんなことあったな」 「こんなことあったな」と次から次へと思い出すのです。
父が趣味で取った記念品が多く置かれている蔵王の祖母の家にいくと、この傾向は強まり1人で過ごしているとかなりしんみりした気持ちにならずにはいられません。

と、そんな気持ちになる日々が続いたとき、たまたまテレビで今年亡くなった樹木希林さんの特集をみました。
そしてその中で、俺がそういう気持ちになる理由が分かる言葉が。

”死ぬことは人の中に生きること”

これを見た瞬間、「ああ・・・そういうことなんだ」と胸にスッとなにかが降りてきたような感じで、澄み切ったような気持ちになれました。
そして、「父は今後は俺の心の中で生き続ける」ことを理解し・・・。
もう直接話したりすることは出来ないけど、それでも父とは俺が死ぬまで繋がり続ける。
今から人並みに立派な人間になることは難しいでしょうが、心の中に父が存在している以上、せめてその父を裏切るような生き方はしてはならないと強く思いました。

次回につづく

 

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