カウントダウンはすでに始まっていた

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前回の続きです。
 
 その出来事とは・・・。
実は父が亡くなった4ヶ月後、母の姉が亡くなりました。
で、これが父の葬式に参列してくれた叔母さんだから、かなりのショックを受けました。
通夜振る舞いの場で、俺の隣に座って、
「ほら、kaniちゃん、これ食べらい」
とか話しかけてくれた叔母さん。
ある持病を抱えてることは母からうっすらと聞いてはいましたが、まぁ年齢も年齢ですから、そんなものは多くの高齢者によくあることで、そんな大変な事だとはまったく思っていませんでした。
俺とも普通に会話し、食事もしていたのです。
 

 叔母さんが亡くなった日のことを聞いてみると、その日もいつもどおりに叔父さん(旦那)を仕事に送り出したそうです。
その後、日中に同居している家族が帰ってきたところ、家の中で倒れていたとのこと。
そういう前兆もなかったので、発見した家族はひどく驚いたそうです。
そして急いで救急車を呼んだりしたりしたものの、残念ながらそのまま帰らぬ人に。
母も
「持病があることは知っていたけど、まさかこんな急に・・・」
と驚いていました。

と、そんなことを聞かされた俺は、もう不安で真っ黒な感情に包まれてしまいました。
つい4ヶ月前の葬式のときに、何一つ変わった様子がなかった叔母さんが亡くなったという事実。
母の姉であるということを踏まえると、どうしても、
「母がいつああなっても不思議ではないんだ・・・」
という悲しい現実を知りました。
本当にもう「待ったなし」なんだと。
 
 
 と、そんなことがあり、これからはこの先の人生に怯える日々。
「母にもしものことが・・・」なんてことが頭に浮かぶ度、それが現実に起きたこともイメージしてしまい、体に力が入らなく、ただただ「フニャッ」と崩れ落ちてそこから立ち直れなくなった己の姿を思い受けべたりしました。
如何に自分がそういう事態への対応をしてこなかったか、思い知らされたのです。
 
 
 それと・・・。
そんなに親しいわけでもなかった父が亡くなっただけでも、体の7~8割を失ったような、考えていた以上の喪失感がありました。
で、これが、子どものころからの思い出がある母だったら・・・。
もしそんなことが起きてしまったら、俺は現実を受け止められず、1ヶ月ぐらいは呆然として動けなくなるかもしれません。
なにもかものやる気を失って、生きる望みもなくなるというか。
本当に立ち上がれなくなる気がします。
 
 
 父が亡くなったことで受けたショックで知ったのは、こういうのは「埋められない性質のもの」だということ。
その破壊力を知っていると、母が亡くなったらそれぐらいのショックを受けても不思議ではないと思うのです。
 
 
 という感じで・・・。
今はそんなことに怯えながらも、何とか出来る範囲で片付けをしていかなきゃと思う日々です。
母がいるうちに極力片付けて、なにかあっても俺だけで処理出来るような状態にしておくといいますか。
まぁ、情けないことですが、その片付けもなかなか進まず、それが心の負担になっている状態。
2019年もとっくに残り半分を切っています。
恐怖に怯えつつも、少しでも片付けを進めていく所存です。

次回につづく

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