他人と暮らせない

スポンサーリンク
スポンサーリンク

この歳になると、「今さらなに言ってんだ」という話にはなると思いますが、つくづく俺は家族以外の赤の他人とは到底暮らせない人間だなとしみじみ思います。
他人と一緒に生活は出来ないのはもちろんの事、どこかに出かけて行動を共にしたりする事も難しいかなと。

というのも、俺はテンパリやすい人間だから、それを踏まえた上での行動を取るのですよ。
例えば駐車場を併設している店があるとします。
普通なら満車でもない限りはそこに停める人が大半だと思います。

しかし・・・。
これが「道路に面している駐車場で駐車する際にプレッシャーがかかる」とかだと、俺はそういう駐車場は避けて、
多少歩いてでもいいから落ち着いて停められる駐車場に停めて店まで歩くというのを選んだりします。
いまも実際にあるお店を利用するときは、そういうやり方をしています。
プレッシャーを感じながら駐車してミスる事を考えたなら、数百メートル歩く方を選んだ方が俺には楽というわけです。

で、これって俺一人だから誰にも迷惑をかけていないし、「好きにやったらいいやん」という話だと思うのですよ。
しかし・・・。
これがもし誰かを連れて行くとかだったら、そんなことをやったら「なんで?」と言われることは目に見えています。
「普通に停めたらいいじゃん」と。
俺のプレッシャーを理解できない人にとってはそう考えて当たり前。
というか、俺のようにたいした事でもないのに恐怖を肥大させて苦しむっていう人間が少数派なんですよね。
実際、俺が避けている駐車場でも、他のお客さんは問題なく停めています。
そんなのを見ていると、とことん情けないなと。
しかしそれを改善しようとするつもりもないのです。
無理をしたらやらかすのが俺ですから。
それならリスクを限りなく減らす方を選ぶのが俺という人間なのです。

 

 

だからまぁ・・・。
今は家族を除いては誰かと出かけることなんてないですし、おそらくこれからもないでしょうが、こういうので気を使う俺は他人と一緒に行動できないよなぁとつくづく思います。
昔に言っていた右折をさけて左折左折で乗り切る「左折道」なんかもそうですけど、こういうのが「分かる」って人はほとんどいないでしょうしね。
どう説明したところで、時間やガソリンの無駄とかでしかないですし。
もっととんでもなく大変な事ならまだ話は変わってくるのでしょうが、俺が感じる恐怖や困り毎っていうのは普通の人から見たらどうでもいい事。
それが分かっているだけに、なんともこういう行動を取る自分が情けないです。

あと、他人と一緒に暮らせないというのは、あまりにもがさつな人間だから。
上記のようなことだけには神経質ですが、それ以外では自分が立てる物音なんかは気にしません。
これももし他人と一緒に暮らしてなんかいたら、
「うるせーんだよ!」
とかブチギレられる自信があります。

他にも家にいるときはブーブー屁をこきまくり。
我ながらよくそんなに出るなぁってぐらい屁をこいています。
家族の前ではさすがに控えていますが、これが狭い空間しかなく誰かと一緒に暮らしていたら・・・。
屁を我慢しすぎて腹が破裂しそうです(笑。

まぁその他諸々ありますが、結局血の繋がった家族とだけ長年暮らしているから俺の生活は成り立っているのだと思います。
他人と価値観を合わせて一緒に暮らすなんてのは俺には無理。
この先も家や外でも1人で気楽に生きていこうと思います。

にほんブログ村 その他日記ブログへ にほんブログ村 その他日記ブログ 無職日記へ

コメント

タイトルとURLをコピーしました