俺の今年の漢字一文字は・・・

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きょうは2025年12月30日。
昨年バイクで転倒した日から丸1年。
ほとんどイベントが発生しない日々を送っていたせいか、感覚的にはマジで一瞬で過ぎ去りこの日になったという感じです(笑。
1年、「なにもしていなかった」感しかありません。

とまぁそんな俺にメールでやりとりをしている方から、「俺が感じた『今年の一文字(漢字)』はなんですか?」という質問が来たのできょうはそのことを書きます。

・・・・・・う~ん。
まぁ一言で言うなら「失」ですかね。
今年のブログの記事で書きましたが、別荘の売却というのは非常に大きな出来事でした。

むろん売却した分だけ「お金」は入ってきました。
それはとんでもなくありがたい。
しかし・・・以前にも書きましたが、自分が望んでそうしたわけではなく、それしか出来なかったというのが・・・。
喪失感を覚えましたね。

でまぁこの「失」という字のことを考えていたら、他にも失っていたものを思い出しました。
それは「一般社会で働く能力」。

というのも今の俺からすると、昔コンビニバイトをしていた頃の自分すら凄いと思うようになりました(苦笑。
俺自身がやっていた事はマニュアルに則った誰でも出来るようなものでしたが、それでも決められたシフト通りに入って1日10時間きっちり働いてくる。
そしてそれを繰り返す・・・。
いまの俺ではコンビニで働いても1時間、いや30分も持たない自信があります。

と、過去の自分すら評価してしまうという感覚を知ったとき、自分は社会のレールから外れたというか完全に降りたことを実感しました。
いま現在働いている人たちっていうのは、毎日レールの上を60キロ~80キロで走っているようなものなのですよ、俺からすると。
でも俺は完全に降りてしまって外から眺めているだけ。
出来るのであれば戻りたいけど、レールに戻ったら秒で弾き飛ばされるだけです(苦笑。

とまぁ、そういう状態になってしまった結果、今年の下半期は1回寝ている最中に、
「もう俺は必要ない」
みたいな感覚にもなりました。
どんな仕事であれ働いている人たちは「必要」だからその仕事をやっているわけで、いまの俺にはそれがない。
弟の付き添いで大きな病院に行ったときは、働いている大勢の方を見てそんな現実を実感させられます。
「生きている意味も別にないかなぁ」と。

しかしまぁ、前にも書いたことがありますが、我が家の事で俺にしかできない事もあったりするわけで。
とりあえず生きていれば雑用なんかは出来るわけですから、いないよりいる方がいいなと。
いまのところ経済的にも何とかなっていますし。

とまぁ、そんなことを思っていたらその後はいくらかメンタルも持ち直し、いまはだいぶ良くなりました。
今年はとにかく例年以上にやる気がでない無気力状態でした。
こんなにゆるいだらけた生活を送っていても鬱っぽくなるものなんですね。
仕事におけるストレスとかない生活なのに。
やはり、普段から仕事などで人から必要とされたり感謝したりしていないと、心っていうのは平穏を保てないように出来ているのかもしれません。

というわけでボ~ッとしている間に過ぎ去ってしまった2025年。
まぁいま思い返してみるとバイクの転倒事故の影響で身体がズタズタで、スタートダッシュから失敗していた感がありました(笑。
なのできょうと明日を無傷で乗り切って、元日から気分を一新してやれたらいいなと思います。
2026年は1個でも何かをやりたいものです。

きょうが年内最後の更新です。
読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

 

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