辛い経験をした友人への接し方は本当に難しい

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先日。
不幸な事故で幼いお子さんを亡くされた方のXでのツイートを見ました。

その方いわく、
「親しい友人知人と思っていた人たちは、事件後一切の連絡もなく疎遠になった。
あれから1年9ヶ月も経つのに「大変だったね」の一言もない。
40代のいい大人が。
外出した際に偶然出会っても驚いて固まる奴、ヘラヘラ笑いながら話し掛けてくる奴、そそくさと買い物を済ませて逃げていく奴。
過去にあなたたちの結婚式や、親族が亡くなった際に仕事を抜け出して通夜にとかまで行っていたのに。
事件後から人の断捨離はすごく捗った。
勝手に親しいと思い込んでいた自分が馬鹿だった」
みたいなツイートをされていました。
俺なりにツイートを編集しています)

これを見た俺はまずこう思いました。
「いや、事が事だけに声をかけられないんじゃないかな・・・」と。
ちょっとやそっとの事じゃないじゃないですか。
俺がもしこの方の友人や知人だった場合、「声をかけられるか?」と問われれば相当悩むと思います。
可愛いさかりのお子さんを亡くした悲しみというのは、俺でも充分に想像できます。
だから「いま、何を言ったところで・・・」と考えてしまうと思うのです。

また「あれから1年9ヶ月経つのに・・・」という部分に関しても、俺は傷が癒える時間としてはまだまだ短いような気がしました。
人によっては数十年経とうと苦しむ方もいるであろうことを考えると。
だから「う~ん」としばらく考え込んでしまったのですよね。

と、上記のツイートを見た翌日、その方がこの件についてまたツイートをしてくれました。
するとこの方が言うには、
「自分が友人の立場だったらすぐに声をかけるから、友人たちの行動がまったく理解できなかった。
相手を傷つける心配より人生で一番辛いときに付き添ってほしかった。
「手を合わせに行きたい」や「なんと言っていいか分からないけど」とか。
他にも「体調はどう?」とか何とでも言い方はあると思う。
事件直後は何を言われても悲観的になったことも事実です。
でも声を掛けてくれた友人知人のことはこの先も忘れない。
音沙汰がないのが一番辛い。
無視されたのと同じこと。
(*一部編集を加えています)
というツイートを見て、この方の言いたいことが分かってきました。
そしてこの一連のツイートを何回も読んでいると、友人や知人としての付き合いはあったのに、1年9ヶ月も音沙汰がないのをひどく感じるのも仕方ない話なのかなと思うようになりました。

すごく難しい話ではあると思うのですよ。
まだ「たった1年9ヶ月しか経っていない」とも言えます。
友人や知人の方も悩んだと思うし、「静かに見守る」というのも一つの手段です。
俺もどちらかと言えばこういう対処をするでしょう。
こちらとしてはそういう意図はまったくないけど、何かを言っても「心がこもってない」や「他人事だと思って」みたいな受け取り方をされるのが怖いと思っていました。

でもこの方が言うように、「人生で一番辛いときに付き添ってほしかった」というのを聞くと、付き合いがあったのならタイミングを見て一声かけるべきなのかなと考えが改まりました。
もちろんタイミングや相手の受け取り方次第で関係が悪くなることもあるかもしれません。
人間、とんでもないショックを受けているときは精神状態も普段とはまるで違いますので。
だから一概には言えることじゃないのですが・・・。
ただ、俺はこの方の声をかけないのが「無視されたのと同じ」という声を聞いて、それだったら一声かけようと思いました。

というわけで、こういうときの対処というか考え方も人それぞれなので難しいものだなと改めて思った次第です。
「これがベスト」っていう答えは永遠に見つからないのかもしれません。

 

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