照ノ富士が横綱になれたのは師匠・伊勢ケ浜親方の存在も大きかった 元大関・琴風語る「序二段に落ちた時、私なら引退させていた」
大相撲の一月場所を毎日見ていたのですが、4日目に照ノ富士が翔猿に負けて翌日から「休場」と聞いたとき、率直に思ったのは「またこのパターンか」でした。
近年はこういう感じで負けが込みだすとすぐ休場。
これについて世間や有識者からやいのやいの言われていました。
まぁ俺も確かに微妙なところだなと思っていました。
満身創痍の状態だから仕方ないとはいえ、こうも同じようなパターンが続くと萎えるというか。
だから今回の休場にも「う~ん」という感じでしたが、これが引退となれば話は別。
本当に今がいい引き際だと思いました。
最後の取り組みとなった翔猿との一番を見ても、あまりにもあっさりと押し出されたように見えましたし。
あれだけ膝をガチガチにテーピングしているのをみると、もうすでに限界を超えていたのでしょうね。
それにしても照ノ富士関は波乱の相撲人生だったなと。
で、多くの方が言われていますが、やはり凄いのは大関から序二段まで落ちたのに、そこから這い上がって横綱になった事。
一度折れた心を立ち直らせる事の難しさは俺はイヤというほど知っています。
夢にかけて失敗し今も心は折れたままですからね(笑。
一度折れると周りからなんと言われようと
「いやいや、もう無理だって・・・」
となり逃げてしまうものなんですよね。
そうやって逃げ続けていまの俺があります(苦笑。
相撲でいうところの序の口野郎です。

普通の人間だったら立て直す気力なんて微塵も残らない事を知っているからこそ、下からコツコツと這い上がって横綱になった照ノ富士関を敬服します。
3年間も一人横綱として責務を果たしてくれました。
いままでありがとうございました。
そしてお疲れ様でした。
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