父と娘のキッチンカー物語 後編~夢を乗せた迷い道~ を見た感想

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前回のつづきです。
今回は前編の後半と後編を見た感想で、キッチンカーに関してはこれが最後です。
ずいぶんと長くなってしまったので、読む方は覚悟してください(笑。
Tverの動画はこちら。

 

恵夢さんの言動や行動を見て俺は一抹の不安を感じていたのですが、その予感は的中します。
それが分かったのは出店回数の変化。
2025年8月は18回だったのですが、9月は11回に減少とのこと。

恵夢さんが店主としてやっているキッチンカーですからそりゃ月のうち何日営業しようと自由なのですが、6月にオープンしたことを考えると、俺はずいぶんと少なく感じました。
とんでもない怠け者の俺ですらそう感じるのですから、会社の社長をやっているお父さんからすれば怒りすら覚えるレベルなんじゃないかと。
いくら娘に甘いお父さんといえど。

で、営業を開始してからまだ3ヶ月目ぐらいなら、やる気に満ちているなら休みなんて月2~3ぐらいでもいいと思うのですよ。
というか、それぐらいやる覚悟があってキッチンカーを始めたものだと俺は思っていました。

とはいえ、出店場所とか機械や車のメンテナンス、仕込みなどの事情で実際は難しいことなのかもしれません。
しかし若いしやる気があるならそれぐらいやらないと意味がないような気がするのです。
金融公庫から400万円も借りて開業しているわけですしね。

んで・・・これまたその出店回数が減った理由が驚きでした。
なんでもキッチンカーをオープンした時期に出来た彼氏が原因だそうで・・・。
これには赤の他人の俺でも頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けました。

そういう事態を微塵も想定していなかったというのもあります。
またお父さんが人脈を通じて色々と頭を下げたり裏方として手伝ったりしている姿を見ているだけに、
これはだいぶキツく感じてしまいました。
娘がキッチンカーをやりたいから本業の会社をやりながら手伝っていたお父さんとしては、もう言葉を失うというか途方もない脱力感を味わったのではないでしょうか。
20年以上大切に育ててきて更に大人になった後もアレコレ面倒を見ているのに、どこぞの男にかっさらわれて本業に打ち込まなくなる娘・・・。
お父さんが味わったであろう心情を思うと、独身のおじさんの俺でも胸が締め付けられて心が痛みました。
「これはあまりにも辛すぎる」と。
世の中のお父さんたちがこんな身を引き裂かれるような出来事に耐えているのかと思うと、ますます尊敬の念が強まりました。

話を戻します。
んでまぁ、お父さんの話というか言い分を聞いた限りでは、お父さんは彼氏が出来たことに怒っているわけではないのですよ。
そりゃ年頃の娘なんだから出会いがあればそういう事もあるだろうみたいな事を言っていました。
そこはお父さんも充分に分かっています。

問題なのは彼氏が出来てチャラチャラ遊んでいるように見えてしまい、出店回数が減っていること。
これが彼氏が出来ても20日以上とか営業していたなら、こういう不満は言わない気がします。
仮に結果が出なかったとしても。
このお父さんならしばらくの間は見守ってくれたのではないでしょうか。

しかし・・・。
娘が400万円も借金していることもあり、会社経営をしているお父さんからすればそりゃ気を揉みますよ。
売り上げが立たなきゃヤバイわけですから。
それなのに週3ペースで営業する娘。
先に述べましたが、俺のような人間から見ても圧倒的に足りないと分かるのですから、そりゃまともな人生を歩んで来て成功しているお父さんからしたらもっとひどく見えるでしょう。
それに気づかぬは当人である恵夢さんのみ・・・。

んで、お父さんが恵夢さんの一連の行動に対して、
「ちょっとねぇ、(娘の考えが)ホント分からない」
とボヤいていました。

しかし俺には分かるのです。
恵夢さんがこういう行動を取った理由が。
なぜなら俺が夢を追いかけて正社員になったときに味わった数々の出来事と非常に似ているから。

というのも、まず恵夢さんはそこまで深く考えずにキッチンカーを始めたと思うのですよ、番組を見ている限りでは。
なんとな~く面白そうで自分に合っていそうだからやってみる。
若くして一国一城の主にもなれるし、子どもの頃からやりたかった事だった。
こういうのでキッチンカーをやることにしたのだと思うのですよ。
ホットサンド作るのもおそらくそこまで深い想いや明確な理由はないよう見えます。
「自分でも作れそうなもの」だった気がするのです。

で、それでやり始めたものの・・・。
日数が経つにつれてキツい現実を知ったのだと思います。
オープン当日は出店場所の状況が良くて大成功したものの、その後はほとんど売上げが立たないという日がある。
そして基本は同じことの繰り返し。
仕入れをする→仕込みをする→出店場所へ行き売る→仕入れをする・・・といったことの繰り返しですよ。
自分で何らかのシステムでも構築しない限りはこの地味な作業を延々と一人でやらなければいけないわけです。

 

 

これ、俺も飲食店で仕込みのバイトをやって分かりましたが、こういうのを続けるだけでも大変です。
よほど明確な目標やモチベーション、「養う家族のため」とかなら出来るかもしれませんが、そうじゃなければどうしたってやる気は減少して惰性でやってしまっても仕方ないと思います。
多少慣れてくることはあっても、もう一切苦に感じないって事はないですからね。
人間の心は削れていくもんなんですわ。

俺は情けないことにこの仕込みのバイトを週3~4、1日5~6時間やるだけで限界でした。
だからこういうのをやる事もある上に昼夜の営業時間にも働いている当時の社長を尊敬していました。
店を経営するっていうのは、調理作業、接客、経理などの事務作業、人材確保や育成をやる事なんだと40歳を過ぎて知ったのです(苦笑。
まぁ自分には勤まらんと分かったことが幸いでしたね。

と、そんな感じで
「売り上げを出すのは簡単なことではない」
「キッチンカーの作業は楽じゃない」
と恵夢さんは気づいてしまったのだと思います。

オープン前は、「やれば楽しい世界が待っている」と考えていたと思うのですよ。
店をオープンすれば連日そこそこの売り上げがあり、時には行列も。
そして自慢のホットサンドをお客様が絶賛してくれる・・・なんて。

 

 

 

 

そしてその前にある雑務やキッチンカーをやる上での厳しい現実なんかは一切考えてなかったのでしょう。
だからこそ400万円という大金を借りてキッチンカーをオープンした。
でも3ヶ月ほどやって厳しい現実を知り、あっさりと心が折れかけてきたのだと思います。

んで、ですよ。
そんな状況になったとき、仲が良かったといえどお父さんからあれこれとアドバイスされたら・・・。
正直、恵夢さんもキッチンカーの現実を知り、
「これを継続していくのは並じゃない」
すでに分かってしまっているはず。
このキッチンカー事業を軌道に乗せるのは容易ではないと。

こうなるとお父さんの正論のアドバイスなんてのウザいだけ。
なぜならそれを実行するのはとんでもなく大変なことだから。
これが恵夢さんにとっては「分かっていながら出来ない」というのもあってジレンマになっているのだと推測。

その点、彼氏は優しいサポートで耳障りのいいことを言ってくれるのでしょう。
その結果、実家にも帰ってこないようになり彼氏のところに入り浸り出店日が減少。
最初から自分の見積もりの甘さ、能力、努力の足りなさがうまくいかない原因なのだけど、子どものころから甘やかされて育っているからそれを認めることもできない。
だから話し合いなどの場では「お父さんのせいで私はこうなった」みたいな話する。
あの話し合いを見て俺は、「お父さんすげえな」って思いましたね。
俺がお父さんの立場だったらブチギレていたでしょうね。
「あんだけ手を借りといてなに言ってんだ!」と。

とまぁ、見ていて恵夢さんの至らない点を数々感じたのですが、それらを見て思い出したのは秋田県で正社員になったときの自分のこと。
いま思えば俺も恵夢さんと同様に「夢」だけの部分に目を向けて深くは考えてなかったのですよね。
「秋田県に行きあの人の元で働けば一人前の大人になれる!」と信じて深く考えずにそのまま特攻。
それこそワクワクしかなくイヤなことが起きるなんてこれっぽっちも考えてませんでした(笑。

だから親がいて恵まれた場所である仙台を離れ、何の疑いもなく秋田県に就職をしにいったわけです。
そして前にも言いましたが、これは大馬鹿な行動だったわけです(苦笑。
実行した後にその仕事の現実を知る、自分の能力の無さを知る。
それにより弱い心は打ちのめされてジワジワと腐っていく。
だから恵夢さんが出店回数を減らしたのも本当によく分かってしまうのですよね…。

と、ここまで長々となってしまいましたが、今回の件で改めて思ったのは、やはり何かを始めるにしても「試す」とか「調べる」、後は「逃げ道を残しておく」っていうのが大事だなぁと。
恵夢さんも前編の最初で、
「わたしは『0か100』でやるタイプなので」
みたいなことを言っていたのですよ。
その結果、450万円のキッチンカーを作って勝負したわけです。

しかし。
スキルとかがないのにこういう全力での特攻は非常にリスクがあります。
というのも、これをやってしまうとキッチンカーの営業の現実を知ってしまった後では簡単に引き返せません。
だからやるならまず飲食店でバイトなど働いて現場を知るべきだったかと思います。
もしくは他の誰かのキッチンカーのお手伝い、キッチンカーはまずレンタルで借りてみるとか。
とにかく「お試し」でやってみていれば、事前に仕込みの大変さとか営業していく苦労を少しは知ることが出来たはず。
やる気があるにせよ、いきなりキッチンカー開業は無謀すぎたように思います。
前に言いましたが俺の場合でも、地元で同じ業種のバイトから始めるべきだったと非常に後悔しています。

あとは現状の恵まれた環境のありがたさを今一度考えることですかねぇ。
特にキッチンカーなんかは自宅の駐車場に置かせてもらっているわけですから。
そしてお父さんが冷蔵庫の結露の水なんかも捨ててくれているわけです。
恵夢さんが家にいない間に。
こういうのを見るとねぇ・・・。

ちなみに恵夢さんの今月の出店回数をインスタで確認したところ22回でした。
番組が放送されたからなのか、周囲から様々な声があったからなのか分かりませんが、これぐらいの回数ならまぁお父さんとかも納得する範囲じゃないのかなぁと。
後はどれだけ結果を出せるか・・・。

最後になんですが、会社経営をしているお父さんのことを思うとこのような形の番組になってしまったのは辛いような気がするのですよね。
順風満帆に娘のキッチンカーが成功していたとかなら別ですが、この内容だと・・・。
でもそういう部分も覚悟して番組に出演した事を思うと、やはり親の愛情というのは本当に尊いものだと思いました。

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