親が死ぬのはまだまだ先だと思っていたのは甘かった

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父が亡くなり早1年。

 

 

30代後半ぐらいになってから、「親が亡くなる」ことについて考えることはありましたが、自分の中での予想は「50代に入ってから」でした。
俺が50歳を過ぎたころ、父か母が亡くなっていく・・・。
だからまだまだ先のことだと甘く考えていたわけですが、実際はそうではありませんでした。

それこそ父は、俺が若いころからよくこんなことを言っていました。
「親の方が先に亡くなる訳だから・・・」と。
でも俺は・・・。
親が死ぬことなんてまだまだ先のことだと楽観視。
こういうことについて、深く考えて備えるようなこともなく生きてきました。
そして父が死んでからの一連の行事を経験して、そのあまりの愚かさに気付かされています。

特に後悔しているのは、完全に何もしていない無職だった5年間でしょうか。
5年もあったのだから、こういう親が亡くなることについて本気で備えておけば、少なくとも今よりはもっとマシな生活を送ることが出来ていたはずです。
でも俺はそういうことを一切考えず・・・。
いつまでも「親が生き続ける」と、心の中で信じていたような気がします。

現在ですが、父が亡くなったことにより、自分の立場が「待ったなし」になったことは日々感じています。
母は今のところは元気ですが、それこそいつどうなるのかなんて誰にも分かりません。
本当に最近の世の中は、物騒な事件や悲惨な事故なども多いですから。
そういうのに巻き込まれて突然亡くなるなんてことも・・・。
考えたくはないですが、最近は頻繁に寝る間際などにどうしても考えてしまいます。
これも父が亡くなったことにより、「そういう可能性が無いわけではない」というのが、よく分かったからなのでしょうね。

と、なれば、「母が生きている間に頑張るしかない」となるわけですが・・・。
根っからのなまけ者というか、ぬるい生活を送り続けてきた俺が急に頑張ることも出来るわけがなく・・・。
今は、「母が死んだら俺ももう終わりだ」なんてことを考えては、激しく気分が落ち込むときが続いています。
むろん、それがイヤなら頑張るしかないのですが、そうするための道も今の俺にはあまり見えてこないというか。
そして母が亡くなった後の各種手続き、引き継いでいかなければならないことを考えると、「俺にはとても出来ない」という気がしてならず・・・。
父の件は片付いたけど、これからの現実に押しつぶされそうな日々。
そしてそんな中、ある出来事が起きました。

次回につづく

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