熱帯魚を通じて最後に父と語り合えた

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前回のつづきです。
今回でラストです。

昨年の12月末に最後の一匹が亡くなり、水草や砂利だけになった水槽。
亡くなったことは悲しかったですが、正直ほっとした部分もありました。
これで俺になにかあっても、母に負担をかけることもないし、熱帯魚を死なせることもなくなったわけですから。
やりきった安堵感のようなものがありました。

で、通常ならすぐに片付けるのでしょうが・・・。
まぁ急いでやらなければいけないものでもないし、水交換も不要。
水草のせいか、時折水を足す必要はありましたが、それを大した負担ではなかったので、しばらく放置していました。
電気関係を止めてしまうと水が淀むので、熱帯魚がいないまま器具を動かしていたのは正直もったいなかったですが、まぁ完全に無くしてしまうのもさみしいといいますか。
なのでしばらく放置していました。

で、つい先日ですよ。
暑くなることもあり、さすがに片付けることにしました。

父が設置した水草を抜くのは、どこか心が痛みます。
最後に残したものを片付けるようで。

ちなみに俺も途中で水草を設置したりしたのですが、どれもあまり持たず朽ちていきました。
でも父がきちんと設置した水草は、父が亡くなって3年になろうとしていても元気。
ここら辺に親子での能力さを感じましたね(笑。
つくづく俺はいい加減だなぁと。

水はそのまま捨てるだけでいいし、水草も燃えるゴミでいいので、そこら辺は楽でした。
が、少し困ったのは砂利。
「どうやって捨てればいいんだべ?」と思い、仙台市の環境局家庭ごみ減量課へ問い合せました。
すると、メールにて返信が。
少量ずつなら燃えるゴミでも捨てられるし、処分してくれる各施設を教えてくれました。
それと最後に「庭に撒けば再利用できます」とのこと。
結局、これが一番楽だったので母に許可を取り、庭に撒きました。

という感じで、無事に片付いた水槽。
これにて水槽に関する問題はほぼ片付いたので、本当にホッとしました。
繰り返しになりますが、これで俺に何かあっても母が困ることもないし、熱帯魚が苦しむようなこともない。
生き物である以上はどうしたってこちらの生活に縛りがあるだけに、気持ち的にはだいぶスッキリしました。
父から引き継いだものをメチャクチャにしないで済んだと。

んでまぁ・・・。
思ったのは、もう少し熱帯魚のことで会話をした方が良かったということでしょうか。
あまりに無頓着すぎたかなぁと。
ただ・・・当時のまったく熱帯魚に興味のない俺がそういう会話もするのも難しいわけで。
まぁ全てはもう過ぎ去ったことで、今さら後悔しても遅すぎますね。

最後にですが、まぁ強制的に引き継いだ熱帯魚ですが、学ぶことは多かったです。
面倒を見たり生き物の生死に触れたりすることで、少しは俺もまともな人間になったのではないでしょうか(笑。
毎月の飼育コストもさほどかからず、愛情を注いだ分だけ反応を見せてくれる熱帯魚。
興味のある方は飼ってみるといいかもしれません。
ただ、生き物なので、そこら辺の責任だけは絶対に忘れてはいけないですね。

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