入院に付きそう家族の疲労度も並じゃない

このシリーズの最後に入院時に感じたことを。

まず今回一番大変だったのは母。
50日間、弟と一緒に病院に寝泊まりしました。
もちろん俺のような仕事をしていない融通の利く人間がいることもあり、当初は「交代する」という話もしました。
5年前に父と弟が入院したときのように1日おきとか。
でも結局のところ、何か細かい部分での話になると俺ではその場での対応が難しいということもあり、最後まで母が付き添う形になりました。
期間中に家に戻ったのは自身の通院のための1回だけで数時間。
このときだけ俺が付き添いを交代しました。

で、母が難儀したのは食事。
転院した病院に併設されていた売店ではロクなものが売っていなかったらしくて、味付けもしょっぱいとのこと。
そのため最初の方はだいぶしんどかったそうです。
んで、食事用に頼まれたのが豆腐バーやカロリーメイト。
豆腐バーに関してはそういう商品があること自体をこのときまで知りませんでしたが、いまやローソンやスーパーなどに数種類置いてあるのですね。
高齢の母にとっては下手なものを食べるよりは、こっちの方がいいようです。
後に仙台の街中にある病院ということもあってか、近くのセブンイレブンやファミリマートなどを利用して食事の面はなんとか補ったようです。

ただ、それだけでは家にいたときほど果物とかは買えないので、そういうものは俺が面会の度に持ち込むことに。
リンゴ、バナナ、キウイ等。
普通のコンビニで買うのが難しいものを俺が定期的に運んでいました。
こういうことをしないと栄養を補えないのが入院の付き添いの辛いところです。
有料で付き添いにも食事をつけてくれるところもあるみたいですが、弟が入院した病院ではそういうサービスはありませんでした。

ちなみに俺も最初は毎日病院に面会に行っていましたが、弟の状態が安定してからは1日おきになりました。
仮に毎日だったとしても、バイクなら全体的にかかる時間は1時間30分程度。
だからまったくたいしたことはないのですが・・・。
俺のようななまりきった生活を送っている人間には、こうしてどこかに必ず通うというのも辛いのです。
入院している母の苦労に比べればミジンコのように小さいことで、何とも情けないことですが。

ちなみに最初を除いては病院までほぼバイクで行っていましたが、これが時間的にも短縮され、お金もほとんどかからなくて助かりました。
地下鉄で行けば片道45分、往復で500円のところがバイクだと片道25分でお金はかかりません。
病院に駐輪場があったため、駐輪代もタダだったのです。
20回前後は面会に行ったので、これは本当に大きかったですね。
結局のところ、今回も父が残したバイクに助けられるという・・・。
まぁ相変わらずそういう生活しか送れてないことを実感させられましたが、非常にありがたいものがありました。

とまぁそんな感じで、母がとにかく耐えてくれて何とか今回の弟の入院に対応してくれたのですが・・・。
やはり頭に浮かぶのは今後のこと。
こういう状況で母がおらず俺が付きそうことを考えると意識が飛びそうになります。
俺じゃとても勤まらないと思うのです。
10日間ぐらいでも発狂しそうです。
でも、このまま生きていればいつかはそんな日がやってくるのは確実で・・・。
入院中はイヤでもそんな現実を考えさせられてしまい、気分が滅入りました。
ま、そのときが来たらやるしかないのですが。

とりあえず無事に退院出来たことにホッとしておりますが、今後はこういう突発的なアクシデントはご勘弁頂きたいです。
弟も骨折したくてしたわけじゃないことは分かっていますが、今回の件は精神がガッツリすり減りました。
本当に母がいたから乗り越えられたようなもので、これからは「俺しかいない場合」も想定していこうと思います。
覚悟を決めておかないと乗り越えられないことは確実ですから。

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